研究テーマ

私たちは「タンパク質の構造と機能」の関係を明らかにすることを目指して研究を行っています。
現在進行中のテーマは以下の通りです。

1.ミラクリンおよびミラクリン類似タンパク質の構造・機能
2.β-ラクタマーゼの構造と基質特異性
3.白癬菌由来ケラチン分解関連酵素群の解析

1. ミラクリンおよびミラクリン類似タンパク質の構造・機能

【味覚研究の背景】
 ヒトが感じる味は塩味・酸味・苦味・旨味・甘味の5基本味に大別されます。味物質は舌上の組織“味蕾”の細胞表面に存在する味覚受容体に結合し、味シグナルを細胞内に伝えます。5基本味の味物質は、味ごとにそれぞれ異なる種類の受容体によって認識されます。
 甘味・旨味・苦味の受容体はGタンパク質共役型受容体(GPCR)です。苦味の受容には複数の受容体が存在することが知られており、苦味物質の種類によって受容体が異なります。一方、甘味・旨味受容体はそれぞれ1種類だけです。つまり、多様な甘味料を1つのセンサー(受容体)で認識しているのです。甘味料がどのようにして分子量180のグルコースと分子量数万の甘味タンパク質の両方を「甘味」として認識するのか。また、その結合様式はどうなっているのか。甘味を含む味物質の認識機構は未だに明らかになっていません。
【甘味タンパク質の現状と、本研究室での研究】
 甘味は嗜好される味の代表格ですが、スクロースなどの糖質の過剰摂取は肥満、糖尿病、虫歯といった疾病の原因となります。そのため、様々な低カロリー甘味料の探索・開発が行われており、甘味タンパク質はその1つです。現在までに複数の甘味タンパク質が発見されており、一部は甘味料として実用化が認められています。甘味タンパク質に加え、味覚修飾タンパク質(酸味を甘味に変換する活性を有するタンパク質)も同定されています。食品では酸味と甘味の両方を付与することが多いため、これらも甘味料としての応用が期待されます。
 味覚修飾タンパク質ミラクリンは、その一次構造(アミノ酸配列)から植物由来トリプシンインヒビター(タンパク質分解酵素を阻害するタンパク質)ファミリーに分類されます。複数の研究グループがミラクリンの大量生産を試みていますが、現時点では成功しておらず、タンパク質分子レベルでの解析は進んでいません。トリプシンインヒビター・ファミリーの中には、ミラクリンとの相同性が高いタンパク質群「ミラクリン類似タンパク質(Miraculin-Like Protein, MLP)」が多数存在しています。MLPは味覚修飾活性は持っていませんが、アミノ酸配列はミラクリンと50%程度一致し、日本で栽培される植物にも広く存在しています。
 本研究室では、微生物を用いたミラクリンおよびミラクリン類似タンパク質の大量発現系構築、構造・機能の解析を目指しています。ミラクリン構造の解明は、甘味受容メカニズムの解明・新規甘味料開発の開発につながると期待しています。

2. β-ラクタマーゼの構造と基質特異性

 抗生物質は感染症に有効な薬剤として広く使用されています。β-ラクタム剤はペニシリンに代表される抗生物質ですが、薬剤の使用に伴ってβ-ラクタム剤が効かない薬剤耐性菌が多く出現しています。細菌はどのようにして薬剤耐性を獲得するのでしょうか?そのメカニズムはいくつか知られており、その中で最も多いのは、細菌によるβ-ラクタム剤分解酵素(β-ラクタマーゼ)の生産です。製薬業界では約20年間にわたり、この酵素に分解されにくい薬剤や酵素阻害剤の開発を行ってきました。しかしながら、基本骨格や置換基の異なる新しい薬剤が開発・使用される度に、それらの新規β-ラクタム剤に対して分解活性を持つ“基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ”を生産する薬剤耐性菌が次々と出現し、医療現場で問題となっています。私たちのグループでは、東邦大学医学部との共同研究により、β-ラクタム剤投与患者から単離された菌が生産するβ-ラクタマーゼを対象とし、X線結晶構造解析、変異型酵素を用いた基質特異性解析、熱安定性-薬剤耐性の相関解析を行っています。

3. 白癬菌由来ケラチン分解関連酵素群の解析

白癬は「白癬菌」と呼ばれる真菌によって引き起こされる感染症で、一般的には「水虫」という名称で知られています。水虫というと足の指の間に発症して猛烈な痒みを引き起こす「趾間型水虫」を想像するかと思いますが、それ以外にも頭や顔、手など体の様々な部位で発症する病気です。以前は高齢者や中年男性に多く発症していましたが、近年は生活スタイルの変化に伴って年齢・性別問わず発症するようになり、日本の推定罹患者数は2,000万人を超えると言われています。水虫の薬はドラッグストアで容易に購入できますが、実はこの薬は水虫に特異的に作用する薬ではなく、真菌に幅広く作用する抗真菌薬です。塗り薬の場合は特に大きな問題はありませんが、飲み薬の場合は他の薬剤と飲み合わせが悪く、特に症状が重篤化しやすい高齢者が服用できないという問題点があります。そこで私たちは白癬菌の生存に必須な酵素群の機能と構造を解析し、「抗白癬菌薬」の開発につなげようと考えています。
 抗白癬菌薬の標的候補として、私たちはケラチン分解関連酵素群に着目しました。ケラチンとは、皮膚の角質を構成する難分解性繊維状タンパク質で、通常の微生物では分解することができない構造をしています。白癬菌は、このケラチンを分解して主要な炭素源、窒素源、エネルギー源として利用するため、ケラチン分解に関与する酵素を阻害すれば新規薬剤の開発につながると考えられます。しかし残念なことに、これまでケラチン分解に関与する酵素群の研究はあまり行われておらず、ケラチン分解の詳細な分子メカニズムは明らかになっていません。そこで私たちは、主要な動物好性白癬菌の1つであるArthroderma vanbreuseghemii由来のケラチン分解関連酵素群の機能と構造を解析し、白癬菌の感染・増殖機構を分子レベルで解明することを目指しています。本研究によって得られた成果は抗白癬菌薬の開発をはじめとする新規治療戦略の設計基盤の構築につながると期待しています。

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