残留農薬
残留農薬
残留農薬は、食品添加物と並ぶもっとも大きな「食品についての心配」です。これは消費者に対するアンケートでの結果で、「心配」であって「実害」ではありません。脳天気かと思われるかもしれませんが、私は残留農薬も食品添加物もほとんど気にしていません。添加物は別のコーナーでお話しするとして、残留農薬を気にしない理由は次の通りです。
‣残留農薬による健康被害はきわめて少ない(「ない」と書きたいのですが、私はまだ国内事例を聞いたことがないというだけですので、こう書いておきます)。
‣かつては毒性の高いものも使われていたが、その反省に立って今では毒性が低く、残留性も低いものが選ばれている。
‣少なくとも国内では、農薬規制は健康被害を出さないという点では機能している。
しかし、 こんな記事をご覧になったことがあると思います。
「基準の180倍」には腰が引けますが、マスコミはもう少していねいに記事を書いて欲しいと思っています。クロルピリホスの残留基準値は以下の通りです。ホウレンソウでの値が低いこと、コマツナの値が高いこと(1.8ppmはぎりぎり許容範囲です)に気が付くと思います。
クロルピリホスの残留基準値
農産物 残留基準値
だいこんの根 0.5 ppm
コマツナ 2
だいこんの葉 2
キャベツ 1
トマト 0.5
レタス 0.1
小麦 0.1
パセリ 0.01
ホウレンソウ 0.01
農薬の種類はたくさんあり、作物も数え切れないほどあります。残留農薬による健康被害が出ないようにするには、農薬の使用を全面禁止すればいいのですが、それは冷静な判断ではないでしょう。使うことの害よりも利益の方が圧倒的に大きければ、使うべきなのです。
そこで、安全に効率よく農薬を使うために作物と農薬の効き目のいい組合せだけを認めて、効き目の悪い組み合わせを禁止することにします。ひつの農薬ばかりが使われると、消費者は様々な作物から同じ農薬を取り込み、知らないうちに取り過ぎてしまう可能性もあります。作物ごとに使う農薬を規制することには、リスクを分散するという意味もあるのです。
以前は、いろいろな法や規制で「検出されないこと」というのが残留基準になっていました。しかし、検出器の感度が飛躍的に向上して、とんでもなく少ない量でも検出できるようになってしまいました。そこで、「検出されないこと」に代わって、健康被害があるとは考えられない濃度として「0.01ppm」が登場したわけです。 上の表のパセリとホウレンソウでの値がそれに当たります。0.01ppmは、25メートルプールに小さじ半分の農薬を入れた濃度です。
すなわち上のクロロピリフォスの規制値は、「コマツナには使っていいけど、この位にしておきなさい」「ホウレンソウにはもっといい農薬があるから、これは使わないことにしましょう」という意味なのです。どれを何に使うかの判断が国によって違うこともあります。とうぜん日本と中国で基準は同じではありません。それぞれの国の基準がどうであっても、輸出するとなると輸出先の基準に合わせることが必要です。
国産の野菜でも、時どき基準違反が報道されます。その多くは0.01ppmを越えてしまった失敗です。コマツナ畑のとなりでホウレンソウを栽培していたらどうなるか、考えてみてください。「風の強い日に農薬を散布しない」というのが自治体、農協の農家への指導です。
問題点を整理すると、、
•健康被害をなくすためには、基準を作物ごとに変えるのが合理的。なので、「基準の何倍」という数字は、場合によっては意味がない。
•国家間で基準が異なることにも問題がある。
•そういったことまで含めて報道しないから、無用な心配を与えている。「小松菜だったら、よかったんだよ」と最後に書いてくれれば、と思います。
といったところでしょうか。
週刊誌の編集をやっていた私の友人が言っていました。週刊誌の記事で売れるのは、「あなたに危険が迫っている」だそうです。「あなたが暮らす世界は安全です」は、買ってもらえません。カビが生えた事故米が問題になった時、私の所にもテレビ局の人が取材に来ました。私が、「健康被害は出ないでしょうね」「加工の過程でほとんど除かれるんじゃないでしょうか」と言っても、なかなか満足してくれません。「でも、危険性は残りますよね」「消費者は気をつけたほうがいいですよね」と、何回も聞かれました。「安全」は記事にならないんだと感じました。マスコミに「ていねいに」記事を書いて欲しいと苦言を言ったのは、こういう事情を調べてから記事にするのが彼らの義務だと思うからです。売れる記事だけを書いていたら、それは報道じゃありません。
「残留農薬による健康被害はあっても、きわめて少ない」、と奥歯に物が挟まったような言い方をしました。それは、「ないこと」は証明できないからです。「お化けがいないことを証明しろ」というのは、無理な話です。「南極は探してみたか? 月の裏側は?」と聞かれれば、答えられません。ないことを証明するのは「悪魔の証明」と呼ばれ、ほとんど達成できないのです。
あえて言えば、微生物による食中毒は「見つけてしまったお化け」です。見つけてしまえば、対策が打てますから恐怖心も軽くなります。しかし、見えないお化けは怖いのです。なぜ見えないのか? ないからでしょう。しかし、「きっとない」としか言えない。だから、危険を煽りたい人は「ないと言えるのか」「絶対に安全だと証明しろ」と無理難題をふっかけるのです。そんなヒマがあったら、微生物に気をつけましょう。