黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌
雪印を土俵際まで追い詰めた 1/1000 mm
2000年の雪印事件を覚えている方も多いでしょう。15000人近い患者を出した原因が、黄色ブドウ球菌です。この直径1ミクロン(1/1000 mm)しかないこの細菌がつくる毒素の特徴は、加熱しても毒性を失わないことです。これは病原微生物学の「基本のキ」で、私は毎年のように定期試験に出題しています。雪印乳業ともあろう会社が、それを知らない人たちで運営されていたとは、、、「再加熱すれば安全と考えていた」この言葉に、私はアゴがはずれるほど驚きました。
どこにいるのか
人や動物の皮膚、鼻粘膜、咽喉などをはじめとして、室内など自然界にも広く分布します。化膿の原因菌でもあり、手にケガがある人が調理すると(そこで増殖しているかも知れないので)、食中毒の危険がいっきに高まります。
原因食
どこにでもいるから、どんな食品でも可能性があります。
症状
激しい吐き気、嘔吐、下痢。潜伏期間は、数時間と短い(飲食店の方は気を付けてください。原因食の探索は容易です)。
特徴
この菌による食中毒は感染によるのではなく、菌が食品中でつくった毒素によります。ですから、細菌が増える温度に食品を長時間おかないことが、最大の防止法です。もちろん、それ以前に汚染しないことの重要です。それには、食品を素手で扱わないことです。
この毒素の特徴は、なんといってもその耐熱性の高さです。100℃で煮ても壊れません。菌は死んでも毒素は残る。「火を通せば安心」という「常識」が通用しません。もう一度言いますが、 これは病原微生物学の基本です。
黄色ブドウ球菌 More and Deeper
Staphylococcus aureus
「黄色」という名は、この菌を培養したときにできる菌の塊(コロニーと言います)が黄色いことに由来する。学名の ”aur” は、”aurora(オーロラ)”、金の原子記号 Au、と同根で、「黄色」ではなくて「黄金色」の方がふさわしい。健康人でも4人にひとりくらいが、鼻腔の中や腸管に保有する。この菌は食中毒の原因となる毒素(エンテロトキシン)をはじめ、次のような毒素などを有している。
抗体を無力化する菌体表面の蛋白(プロテインA)
白血球を殺す毒素(ロイコシジン)
血液を凝固させて菌体周囲に防御壁を作る酵素(コアグラーゼ)
防御壁を内側から溶かして増殖するスペースを作る酵素(スタフィロキナーゼ)
強烈なショック症状を引き起こす毒素(TSST-1)
皮膚を剥離させる毒素(エクソフォリアチン)
等々
これらの武器を携え、人体の表面で、体内で増殖するチャンスをうかがっていると言えるだろう。
この30年ほどの間、黄色ブドウ球菌による食中毒は減少してきた。食品を素手で扱わないようにさせる保健所の飲食店への指導が奏効したのが一因である。健常人で手のひらにこの菌を持つ人がいる。その様な手でおにぎりをつくるのは、とても危険である(私は自分の手が汚いと自覚していますから、ラップにご飯を包んでから握ります)。ましてや、怪我をしているときには、要注意。
事例
ツアーのバスで提供されたおにぎり弁当を食べた参加者58人中25人がが発症。原因施設は、24時間交替制で弁当を調理販売しているチェーン店。調理経験が浅く、衛生知識不足のパート従業員に調理業務を行わせていた。保菌者である従事者の手指を介して黄色ブドウ球菌が付着し、 16時間も室温放置したため菌が増殖し、食品中で毒素をつくった。
病院などで問題になっているMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、抗生物質が効かなくなった黄色ブドウ球菌である。黄色ブドウ球菌は様々な毒素を持っているとは言え、健康人は、たとえ体内に侵入しても、免疫の力で菌を排除することができる。しかし、それだけの免疫力がない病人や老人などでは、排除することができない。その様な人に対しては、抗生物質を使って菌を殺すのだが、MRSAはメチシリンという抗生物質だけでなく、人が開発した抗生物質のほとんどに耐性を獲得している。このような菌ができたしまった理由は、抗生物質の使いすぎである。
雪印事件
雪印乳業・北海道大樹(たいき)工場。東洋一を誇るナチュラルチーズの工場で、「あそこの見学は面倒で嫌だ」と言われるほど衛生管理が徹底していた。
2000年3月31日
氷柱が落下して電気室の屋根が破損、破損部分から浸水、配線がショートする。復旧作業を含め、4時間の停電が起こった。通常なら加温されてから数分で冷却されるはずの脱脂乳の原料が、9時間以上のあいだ菌の増殖に適した温度に放置されてしまった。でき上がった脱脂粉乳には、社内基準を超える細菌が検出されたが、出荷。この原材料が大阪工場に送られ、加工乳に加工される。
6月26日
大阪、和歌山、兵庫で下痢症患者が多数発生。
27日
大阪市は牛乳の分析を検査機関に依頼。
28日 雪印株主総会当日。大阪工場に立ち入り検査。雪印に自主回収を指示。雪印「明日まで待ってくれ」
29日 自主回収と社告の掲載を決定。記者会見で「原因が特定されていない段階で回収することのリスクを考えた」「役員との協議に時間がかかった」
30日 新聞にお詫びと回収の広告掲載。
雪印乳業大樹工場長
「ブドウ球菌がゼロだったので.. 毒素まで頭が回りませんでした」
雪印北海道支社
再殺菌すれば製品化できると考え、「漫然とこれを使用した」
社長
バルブの洗浄不備を認めるが、「後の工程で殺菌するので検査はしない」
歴史に学ぶ
HACCPプランを立てるときに、どこにどの様な危害要因が潜んでいるかを推定し、それに対して対策を立てる。起こるかも知れない事故を予想するのは、決して容易なことではない。そのとき有用なやり方のひとつが、「歴史に学ぶ」ということである。同業他社の同じような製品で過去にどの様な事故が起こったのか、それを調べて他山の石とする。雪印乳業はそこでも失敗をしている。
脱脂乳を作っていた工場で、停電と機械の故障により、溶血性ブドウ球菌が繁殖。
学校給食により、東京都の児童ら1936人がが発症。
社長は即座に製品の販売停止と回収を指示。新聞に謝罪広告を掲載。
原因究明を行い、再発防止策を速やかに発表。
驚くほど似ているこの事例は、1955年の雪印の八雲工場で起こっている。この時は、社長が陣頭指揮を執り、その適切で素早い対応が好感され、この年の雪印の売り上げは増加した。