ノロウイルス
ノロウイルス
患者数最大の小さなヤツ
ノロウイルスという名前は、今でこそ誰もが知る病原体ですが、かつてはほとんど知られていませんでした。名前が知られるようになったのは、2004年の年末から翌年にかけて、広島県の老人施設で7人がなくなった事件からです。2006年から翌年にかけての大流行では、数十人が亡くなりました。死者のほとんどは高齢者で、老人施設だけでなく、食品産業もビクビクしていました。
このウイルスは、21世紀になって急に人に襲いかかって来たわけではなく、それ以前から「お腹にくる風邪」などと呼ばれていた病原体です。 実態がつかめず、検査法も開発されなかったので、「お腹にくる風邪」で済ませていたわけです。正体が分かって、検査法が普及してくるにつれて、埋もれていた患者が掘り起こされきました。その結果、なんと食中毒の1/4はこいつが原因ということが分かってきました。
原因は、感染した人の糞便とカキなどの二枚貝です。感染して発症させるには、10から100個という少数のウイルスで十分と言われています。患者は一回トイレに行くと、百万から1億人を感染させる量のウイルスを排出します。量は少ないですが、糞便だけでなく嘔吐物にもウイルスは含まれます。
06年の大流行はGII/4という型のノロウイルスによるもので、感染力が強く、半数以上の人には症状を出さないという特徴が大流行を引き起こした理由のようです。症状が出ないから、普通に生活し、料理もつくる。そして、人に感染させたという訳です。
ここしばらくは日本で届け出られた食中毒患者の半数がこのウイルスによるものです。
どこにいるか
人、カキなどの二枚貝
原因食
感染者が調理したもの。生牡蠣も重要な感染源ですが、06-07年の流行では、生カキからと思われる感染はわずか1.2%でした(東京都)。
食べ物でなく、感染者の糞便が付着したものに触れて、その手を口に運んで、、、という感染ルートも少なからずあります。
症状
感染してから1-2日で、吐き気、嘔吐、下痢、発熱。老人では、感染により死亡することもあります。直接の死因が感染でなくとも、嘔吐物が気道を詰まらせ窒息死、肺にまで入ってが致命的な肺炎を引き起こす、そんな例もあります。
根本的な治療法はありませんが、下痢をしたときには、失われた分の水とミネラルを補給する必要があります。野菜ジュースを薄めるとミネラルのバランスもいいようです。
特徴
ノロウイルスは低温にするほど、感染性が長持ちします。風邪(ほとんどはウイルス)が冬に流行るのと同じ理由だと言われています。
ノロウイルス More and Deeper
Norovirus
名前の由来
このウイルスは、ノーウォークウイルス、ノーウォーク様ウイルス、小型球形ウイルス
(SRSV)とも呼ばれていた。1972年にアメリカのNorwalkで発見されたので、最初にノーウォーという名前が付き、これとよく似ているけどわずかに違う、同じという証明がないというウイルスをノーウォーク様と呼んだ。また、形が小さく丸いことから小型球形ウイルス(Small round structured virus、SRSV)という名も付けられた。そして、2002年に国際的なウイルス専門家の会合で、 Norwalkの最初の3文字に連結語の”o”をつけて、Norovirusに名称が統一された。
2006-07年の流行の原因は?
ノロウイルスは、その遺伝子の類似性からGI型とGII型に2グループに分けられ、それぞれがまた20近いタイプに分けられる。これらのタイプが1流行期に複数検出されるのが通例だったが、2006年暮れから翌年の流行で特徴的なのは、前冬には12%にすぎなかったGII/4が94%を占めたことである。また、06年の流行期前にも例年より多い感染者が発生しており、これらの患者が大流行のもとになったらしい。GII/4の特徴は、感染性が強いわりに症状が出にくいことである。症状が出にくいから、感染したという自覚がないまま、調理場や老人介護施設に持ち込んでしまった例があるのでは、と考えられている(1)。またGII/4に限らず、下痢などの症状は3日ほどで治まるが、糞便中には7-14日間ウイルスが排泄されること、不顕性感染(感染しているのに、症状が出ない)が50%前後もあること、不顕性の場合も排泄されるウイルス量は顕性の場合と大きな差がないことなどが、このウイルスによる食中毒の制御を難しくしている。
消毒剤に強い?
ノロウイルスは一般に消毒剤や加熱、酸などの処理に強いと考えられている。その根拠となるのは、Keswickら(2)が行ったボランティアを使った「人体実験」である。彼らの実験のみがノロウイルスを用いたデータであり、このほかに参考にされるデータのほとんどはノロウイルスとよく似たネコカリシウイルス(Feline calicevirus, FCV)を用いた実験による。FCVの培養は比較的容易であるために、よく用いられている。しかしKeswickらはノロウイルスそのものを用いて、その消毒には10 ppmの遊離塩素が必要というデータを示した。しかし、FCVでのデータは、100 ppmを超えるものが多かった。
我々はFCVで同様の実験を繰り返したが、消毒に必要な塩素濃度は一定せず実験ごとに大きく振れた。実験の条件を見直した結果、用いるウイルス懸濁液中の培地成分、宿主細胞成分の多寡に振れの原因があると考えた。ウイルスを精製して用いると実験結果は安定し、必要濃度は1 ppmを割った。100 ppmを超えるデータを出したFCVの論文を精査すると、実験条件が書いてあるすべてでウイルス懸濁液に多くの有機物が混入していると考えられた (3)。塩素の消毒薬の中でも、有機物の存在でその効力を失う代表格である。
厚労省も米国CDCもノロウイルスの消毒には、100 ppm以上、場合によっては1000 ppm以上という濃度を推奨している。しかし一方で、飲料水、遊泳用プールの塩素濃度の基準は最大でも数ppmである。飲料水やプールで起こったノロウイルスの集団感染では、塩素消毒の失敗が原因と思われる事例が多い。これもノロウイルスの真の塩素耐性が数ppmかそれ以下であることを示している。
そこで、「数100ppmという推奨値は、有機物が多量に混在する条件で出された数値であって、ウイルスを精製すれば値は変わる」という仮説立てて、実験をした。十分に精製する前のウイルスと塩素を反応させると、低い濃度(10ppm)の塩素溶液でも量を増やせば消毒できることが分かった。精製した(と言うには及ばない程度の 宿主細胞の成分が残存していた)ウイルスを使ってみたら、1ppmでもウイルスは消毒されてしまった(3)。これは、FCVでのデータであるが、ノロウイルスも同様と考えた方がいい疫学的なデータが数多くある。
しかし、患者の汚物、食品を扱う器具などは多量の有機物を含んでおり、それを消毒するには1 ppmでは不足であろう。そういう意味では、数100ppmが「常識」であった方が、いいかも知れない。それ以上に、有機物の存在に強い、ノロウイルスに効く消毒剤の開発が必要であると感じる。
レセプタは血液型物質
ノロウイルスが多くのタイプに分けられることは上で述べたが、それぞれの型で感染しやすい人とそうでない人がいることが分かっている。これは血液型によるらしく、ABO型とルイス式の血液型物質(これらは赤血球表面だけでなく、腸管の細胞にも発現している)が、どのタイプのノロのウイルスのレセプタになっているか明らかになっている(4)。古くから、「牡蠣に当たる人と当たらない人がいる」といわれたが、牡蠣1個1個のウイルス量のバラツキに加えて、このレセプタの有無が理由であるかも知れない。
血液型とノロウイルスに対する感受性を示す端的な例は、ノロウイルスの量を1、10、100と10倍ずつずつのウドを変えて、ボランティアに飲んでもらった実験である(5)。その時の発症率は、69、50、67、50、68%とウイルス量にまったく比例しないものであった。そして、発症した人にB型の人なく、血液型に依存していた。血液型を決める物質(糖鎖)は、赤血球だけでなく腸管の細胞の表面にも発現している。そしてその糖鎖の形と発現の有無はABO式だけでなく、Lewis式にも支配され、同じ型でも腸管で発現しない場合もあり、複雑ではある。しかし、ノロウイルスはノロウイルスの型ごとに、感染する血液型が決められているようである。
1.ノロウイルスはなぜ多発したのか、 野田衛 、食と健康、2007. 4月、6-13
2.Inactivation of Norwalk virus in drinking water by chlorine. Appl. Environ. Keswick B. H. et al, Microbiol. 1985. 50:261–264.
4.Noroviruses Bind to Human ABO, Lewis, and Secretor Histo-Blood Group Antigens: Identification of 4 Distinct Strain-Specific Patterns: Huang P et al, J Infect Dis (2003)188:19-31.
5.Human susceptibility and resistance to Norwalk virus infection. Nature Medicine 9: 548-553, 2003.