病原性
病原性
牛はO157に感染しても、全く発症しません。エッと思われるかもしれませんが、ひとつの病原体でも、その病原性は取り付いた動物ごとに全く異なるのです。サルモネラは鳥や爬虫類には常在しています。飼っていた亀からサルモネラに感染したという事例はいくつもあります。
私がこの仕事に入る前、研究対象にしていたツツガムシ病の病原体は、人間には致死的です。しかし、それを人間に運ぶツツガムシ呼ばれるダニの中では、平和なオジャマ虫のようです。ダニの中では平和に暮らし、卵を通じて子々孫々に伝えられます。
ウイルスも同様で、感染できる相手が限られ(「ウイルスと細菌」のページを参照)、与える毒性にも大きな差があります。高い致死性で恐れられているエボラウイルスは、コウモリには毒性を発揮しないようです。
とりついた相手をすべて殺していたのでは、安住の場所がなくなる。それが病原性が低くなる理由だと考えられています。
ヨーロッパ人に発見されるまでオーストラリアには有袋類以外の哺乳類は存在せず、いまオーストラリアにいるネズミや野生化したイヌは人間が持ち込んだものである。ウサギも同様で、1857年に牧場主のオースティンが、狩猟の標的としてイギリスから持ち込んだ。彼が放したウサギは24匹だったが、6年後にはオースチンは自分の牧場で2万匹のウサギを殺したと言われる。食料となる植物が豊富で、天敵となる動物がいなかったため、ウサギは爆発的に子供を増やした。
増えたウサギたちは、農作物にも多大な被害を与えた。これに頭を痛めたオーストラリア政府は、ウサギ撲滅作戦に乗り出した。武器はウイルス。ウサギの天敵である粘液腫ウイルスをばらまいた。結果は政府を喜ばせるもので、ウサギはバタバタと死んで、絶滅するかと思われた。しかしその後、再びウサギが増えはじめ、元の数に戻ってしまった。撲滅作戦は失敗に終わったのである。
強毒のウイルスは、取り付いたウサギが死ねば、自らも絶えてしまう。そうならないためには、ウサギが死ぬ前に別のウサギに乗り移らなければならない。その時間稼ぎには、ウサギをすぐに殺さない方が有利である。強毒のウイルスは取り付いたウサギを殺して自ら死に絶え、平和なオジャマ虫への道を選んだ弱毒のウイルスは生き延びた。それと同時に、ウサギもウイルスに対して抵抗力のあるものだけが子孫を残した。ウイルスとウサギは共存するようになったのである。
エイズウイルス(HIV)は、サルから人に感染し突然変異を起こして人の体にも住み着けるようになったようです。かつては、感染者は10年のうちには全員が死亡すると思われていましたが、最近になって、体内にHIVを持ち続けながら、長い間(おそらく一生)発病しない人が見つかっています。体質、すなわちそういう遺伝子を持った人がいるのです。発症を抑えるいい薬が開発されましたが、治療をしなければ、ほとんどの人にとってエイズは致死的です。しかし、何の治療も対策をせずに放置しても、人類は滅亡しないでしょう。HIVに感受性のある大多数は死に絶えても、 オーストラリアのウサギのように HIVと共存できる「体質」の人たちが子孫をつくってゆくはずです。そして、HIVもオジャマ虫の道を選ぶに違いありません。すべての人がHIVというオジャマ虫といっしょに暮らす、そんな世界も平和かもしれません。