酵母による油脂の発酵生産

近年、新興国の成長とともにエネルギー、食糧などのあらゆる資源の需要増加に拍車が掛かってきている。このような需要増は、資源争奪戦、価格の乱高下を引き起こし、さらに地球温暖化問題への影響も多大である。このような状況は、我々の生活に深い関係がある油脂についても当てはまり、需要、価格で大きな変動が起こっている。三大栄養素の一つに数え上げられる油脂は、食用用途が多くを占めるが、年間1千億円以上の輸出総額を誇る工業用(界面活性剤、香粧品、高級アルコールの原料等)、さらには燃料用(バイオディーゼル)にも利用され、非常に需要が高い物質である(図1)。しかしながら、日本の油脂自給率はわずか13%であり、今後、食用、工業用、燃料用の油脂原料の競合やアジアの巨大市場との油脂資源の争奪が予想され、日本の安定的な油脂原料の確保は急務である。日本の油脂原料確保法の一つとして、植物油の増産があげられるが、日本の農業人口の減少、海外油脂との価格競争、栽培面積の限界、天候に依存するなど、さらなる植物油の生産増大は困難である。そのため、日本の高い技術力を活かした独自の油脂生産システムが必要となる。日本は、古くから微生物の能力を利用した味噌、醤油、酒などの産業が発展してきており、そのノウハウにより、医薬品、食品、化学メーカーの企業化の発端となってきた。本研究では、油脂生産酵母を最大限利活用することで、日本独自の油脂生産システムの基盤を構築し、自給率向上へ繋げることを目的としている。また、バイオテクノロジー技術だけでなく、情報科学のデジタル技術を融合した【スマートセル技術】を活用し、油脂酵母の油脂生産の潜在能力を引き出し、さらに新しい能力を付与し、健康的な付加価値の高い油脂生産に繋げていく研究を行っている(図2)。

図1 油脂の用途
図2 日本の現在の油脂情勢と今後の展望

油脂酵母とは

世界的な人口増加に伴う油脂の需要増加、さらにバイオ燃料原料としての新需要が油脂資源争奪戦、価格の乱高下を引き起こしている。日本の油脂は輸入に大きく依存しており、油脂自給率の向上は急務課題である。環境保護や日本の国土を考えると広大な農地を開拓し、油糧作物の生産拡大は望ましくなく、陸上植物への依存だけでなく、幅広く油脂資源を確保しておくことが必要である。特に国土の狭い日本にあった独自の油脂資源の確保法が求められる。本研究では、その一つの方法として様々なバイオマス由来の糖を資化して細胞内に油脂を蓄積する油脂酵母による油脂生産に注目した。油脂酵母Lipomyces starkeyi及びRhodosporodium toruloidesは、細胞内に油脂を75%以上蓄積できるユニークな酵母であり、油脂合成・分解、蓄積という学術的及び産業的価値を有する。しかしながら、産業利用へ展開するためには、油脂合成・分解メカニズムの解明とその知見の利用による油脂生産性向上(生産速度、変換率)が必須である。本研究では、油脂酵母L. starkeyi及びR. toruloidesの油脂高蓄積変異株及び油脂低蓄積変異株の取得及び解析、さらに油脂酵母の油脂合成・分解に関する遺伝子の破壊株及び高発現株の作製及び解析を介して油脂生産メカニズムの解明を目標とする。さらに、オーミクス解析(トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム)を実施することにより、油脂生産メカニズムの全貌を明らかにしていく。また、獲得した油脂合成・分解に関する知見を応用し、遺伝子工学的手法により油脂高蓄積株の開発を実施する。取得した油脂高蓄積変異株は食用油脂資源として、組換え技術を利用した油脂高蓄積株は工業用油脂資源としての利用を目指す。本研究は、TPPにより輸入油脂の増加が見込まれ、自給率の低下が懸念される状況の中、バイオマス由来の糖を原料とするので持続的な油脂資源の提供及び油脂自給率の向上に貢献できるものと考えている。また、国内の食用関連油脂市場は1兆円規模、工業油脂市場も8000億円であり、経済的な波及効果は大きいと考えられ、油脂酵母による日本独自の持続的な油脂生産システムは、油脂市場の長期的かつ持続的な市場拡大への繋がる可能性を有する。また、日本と同様の油脂自給率問題を抱える諸外国の先端的なモデルになると考えている。

なお、本研究は、NEDOプロジェクト「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」の一部である(http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100595.html)(http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100663.html)。