新形質ソバの開発

気候変動に対応した新形質フツウソバの開発

現時点での世界人口は80億人を突破しており、今後も増加し続け2050年には97億人に達すると予測されています。現在、世界の人間のカロリー需要の三分の二は、三大穀物であるイネ(Oryza sativa)、コムギ(Triticum aestivum)、トウモロコシ(Zea mays)によって供給されています。しかし、今後の地球温暖化の進行が、これら三大穀物の収穫量を著しく低下させる懸念があり、食料安全保障を三大穀物のみに依存していることが問題視されています。この問題の解決は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の中でも、目標2(飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する)として掲げられています。このような食料事情から、各地域で古くから栽培はされていますが、品種改良が十分に行われてこなかった作物への関心が高まっています。


私たちは、日本の伝統的行事とも関わりが深く、健康志向性食品としても認知されているフツウソバに着目し、食料安全保障及び栄養改善を実現する品種の創出を試みています。まず、フツウソバは、収量性の低さと作柄が不安定であることが課題となっています。その理由としては、以下のことが考えられます。フツウソバは、異形花型自家不和合性に基づく他殖性植物であり、結実するためには、短柱花と長柱花間での受粉が必要となります。両花形間の花粉輸送は、ミツバチなどの訪花昆虫が担当しています。近年の破壊的な気候変動の影響で、昆虫等の活動が著しく低下しています。そのため、結実を訪花昆虫に依存しているフツウソバでは、作柄が極めて不安定になってしまいます。私たちは、この課題を解決するために、S-del1を自殖性の供与親として、フツウソバの生殖様式を他殖性から自殖性に改変しました。それにより、夏ソバの普及品種「キタワセソバ」の遺伝的背景をもつ系統NAK-1の開発に成功しました(図 4)。



図4 NAK-1の育成系統図

フツウソバの品種「キタワセソバ」及び「春のいぶき」の短柱花個体(Ss)を種子親にして、自家和合性変異体S-del1(Sdel1Sdel1)の自殖性を導入したBC1F1を作出しました。このBC1F1を世代促進する過程で、自殖弱勢や生育異常を示した個体を淘汰し、等長柱花(Sdel1Sdel1Sdel1s)を示す個体を選抜しました。これによって、BC1F11世代において、自殖性を示し多収性の特性を備える「NAK-1」を開発することができました。


大まかに言うと、従来のフツウソバ品種は、1株に50粒程度の種子が着粒します。それに対し、コムギでは300粒程度、イネでは1,000粒程度の種子が着粒します。私たちが開発したNAK-1は、300粒程度の種子が着粒します。したがって、コムギの収量性に匹敵する、従来のフツウソバの6倍程度の収量性を示す系統の開発に成功したと言えます。さらに NAK-1は、訪花昆虫の活動が低い状態でも、1株に多くの種子が着粒するため、気候変動対応型の特性を備えていることも確認できました(図 5)。NAK-1は「キタワセソバ」の遺伝的背景をもつことから、春播き栽培で高い収量性が期待されます。

図5 訪花昆虫不在化におけるNAK-1の種子生産能力

訪花昆虫が、フツウソバの花に接触が困難な状態(防虫網内や室内栽培)では、従来の他殖性ソバ(キタワセソバ)の結実は認められません。ところが、NAK-1では、たくさんの結実を認めることができます。


現在、私たちは NAK-1を軸に、消費者・生産者・実需者ニーズに応える健康機能性成分等を含む高付加価値品種の開発に取り組んでいます。